アンドレア・パラディオの建築


■アンドレア・パラディオ

アンドレア・パラディオは16世紀に 活躍したイタリアの建築家です
この時代、ルネサンスの巨匠たち、ダ・ヴィンチやブレネレスキーは 既に亡く、唯一ミケランジェロが活躍していました
建築術が一人の芸術家の感性だけで創り上げる時代から 工学と科学にもとずく芸術との結合から生れるという時代に 入っていた萌芽は既にありましたが、まだ確信的なものは ありませんでした
そんな時代にあってパラディオはローマの古典の中から建築にとって 絶対的に必然的なものを選び取り、理論化し、「建築四書」として まとめあげ出版しました
この効果は絶大で、彼の影響を受けた建築が世界中に広まり、 歴史家からは「パラディオ様式」として定着していきます

■ヴィチェンツァとパラディオ建築

2011年5月ヴィチェンツァ及び その周辺に残るパラディオ建築を見て廻りました
ヴィチェンツァ県は北イタリアで最も産業の発達した県の 一つで輸出額も国内三位、金の加工技術が盛んで年間200トンの 金を加工する裕福な県でありヴィチェンツァはその県都です
パラディオはヴィチェンツァ市内とその周辺に膨大な数の建築物を 残しています
彼の設計した建物は大きく分けると、三つに分類できます
一つはパラッツィオと呼ばれる館、これはヴィチェンツァ市内に 多く残り、現在では官公庁の施設かミージュアムもしくは 集合住宅として再生されている施設群、二つ目はヴィッラと呼ばれる 郊外に多く建設された別荘群、三つ目がベネツィアに残る宗教施設群です





■VICENZA



=MEMO=

ヴィチェンツァ市内だけでもパラディオの設計と認定された 建物が16箇所ユネスコの世界遺産に認定されて残っています
市内の大通りはパラディオ通りと命名され、中心部バジリカの 横にはパラディオ広場があってパラディオの彫像が鎮座して います
左は郊外から見たヴィチェンツァの全景、中央かまぼこ型の巨大な 屋根を持つ建物がバジリカです
中央はアンドレア・パラディオの肖像画、右はパラディオ広場に 立つパラディオの彫像です








■バジリカ Basilica




■テアトロ・オリンピコ Teatro Olimpico




■Palazzo Chiericati (市立美術館)




■Palazzo Thiene




■Palazzo Valmarana Braga Rosa




■Palazzo Barbaran da Porto



=MEMO=

バジリカは既存の建物を再構築しファサードを新しく 創り上げる設計競技に勝って完成したパラディオの 傑作のひとつです。この建物の優れた点は、大理石で できた列柱が古典に則ったバランス感覚で優美に まとめあげられている点で、巨大な建物であるにも かかわらず気品が感じられます。実は開口部のアーチと 両脇の袖壁は柱からの寸法が微妙に違っています。 既存の建物の改修であったため、柱間隔が違うのを パラディオは絶妙な感覚で消し去ってしまっています
テアトロ・オリンピコは現代人からすると不思議な劇場です。 舞台は既にローマ建築のファーサードで埋め尽くされていて、 中心にあいた開口から奥に遠近法による町並みが造られています。 観客席はギリシャ劇場に想を得た半円の階段状になっていて 舞台の間口はその半円に合わせて造られています
それぞれのパラッツォに関してパラディオは「建築四書」の なかで解説を試みています。その内容は広場に面した部分を 店舗にして建築主の利益を考慮したとか、地下を造らないのは 川から近いために洪水による被害を避けるためだとか、機能的な ことがらが述べられています







■ラ・ロトンダ La Rotonda




■ヴィッラ・エモ Villa Emo




■ヴィッラ・アンガラーノ ビアンキ ミカエル Villa Angarano Bianchi Michiel



=MEMO=

ラロトンダはパラディオの理論が到達した最高傑作であり 世界に及ばした影響も絶大なものがありました
世界各地にこの建物に似た亜ロトンダが存在します。 プランは単純明快、円と正方形の幾何学からなっていて 中央にはパンテオンのようなドームが載っています。 内部は豪華なフレスコ画で覆い尽くされていますが 撮影は禁止されています
この時代ヴィッラは富裕な人々が農場経営をとおして 自然と共生する理論の実践の場であり、現代人が考える 別荘とは持つ意味合いが違いました
よって郊外に多く残るヴィッラの殆んどは両翼に馬小屋や 使用人たちの作業小屋が併設されている例が多く見られます






■サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会 Chiesa Di San Giorgio Maggiore




■レデントーレ教会 Chiesa Del Redentore



=MEMO=

パラディオのヴェネツィアにおける活動は晩年になってからであり、 このサン・ジョロジョ・マッジョーレ教会も彼の死後完成しています
彼はすでに自身の作風に自信を深めていた筈で、この教会の ファサードもサンマルコ広場に対峙するように気品と 優雅さを漂わせながら自信ありげに建っています
白亜のファサードと鐘楼、鉛で覆われたドームからなるこの 教会のシルエットがヴェネツィア本島の価値をいっそう 引き立てていることは間違いありません
ジュデッカ島にはパラディオが設計した二つの教会、 レデントーレ教会とジテッレ教会があり、二つとも ベネツィア本島を向いて建っています
レデントーレ教会は ペスト撲滅の成功への感謝として建てられた教会で、 サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会に劣らず優美な姿を 見せています






■スカレッテ門 Arco Delle Scalette




■ヴェッキオ橋 Ponte Vecchio



=MEMO=

ヴィチェンツァの南東の町外れにスカレッテ門は建っています。 パラディオの死後1595年に完成していますが、大理石で 造られた門は内部に組み込まれた2体の彫像とともに パラディオらしい気品が感じられます。最上部には この町がベネツィアの属領であることを示す羽根のはえた 獅子像が載っています
バッサーノ・デル・グラッパのブレンタ川に架かるヴェッキオ橋は パラディオの設計で完成した屋根付木造の橋ですが、何度か 架け替えられているにもかかわらず、当初の雰囲気を今に伝えて います
バッサーノ・デル・グラッパは教会や広場と周辺の景観が 一体となった美しい街ですが、この橋のおかげで魅力が 倍増しています
余談ですが、ベネツィアの大運河(グラン・キャナル)に架かる リアルト橋は観光客が一度は訪れる名所のひとつですが、 木造で何度も崩壊する橋を石造に架け替えるため 1557年に設計競技が実施されています。この競技には ミケランジェロやスカモッツィと共にパラディオも参加 していますが、残念ながら落選、結局建築家ダ・ポンテの案が 採用され1591年に完成、今に至っています




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